ネット・さかみち

二十歳のスタート/加藤 文恵

 すずき事務所を初めて訪ねた冬のある日、忘れもしません。飯田橋駅を降り、番地を確かめながら“ポンピアンハイツ“に向かいました。その時に迎えてくださったのが、青野さんのホロッとこぼれるような笑顔でした。そして、思ったのです。こんなふうに、初対面の人を、さらりとあたたかく迎えられるようになるまで、私は何年かかるかなーと。そのとき、ちょうど二十歳でした。
 あれから五年という月日が流れようとしていますその間に私の立場も大きく変わりました。今は、二人の幼い子供と、毎日バタバタと騒々しくやっています。下の子も八ヶ月にはいり、最近になって少し落ちついて子供を見つめられるようになってきました。上の子が、焼きもちをやいて、下の子にいじわるするのが、なかなかおさまらず、手をやいていますが、ときどき仲良く遊べるようになってきました。様子をうかがっていると、つっこみ役の姉と、ぼけ役の弟、といった具合です。そんな二人の笑い顔をみていると、日頃の苦労が、いっきに吹き飛んでしまいます。また、そうやって無邪気で天真欄漫な姿とは裏腹に、とても残酷な一面も持っていたりして非常に興味深く、おもしろいなと思います。一日、一日と未知のものがたりのページを捲っていくような、そんな気分です。
 毎日、こんなふうに過ごしていますが、今が二十代の折返し地点。五年後の三十路にはこうありたいと思う理想に、どれだけ近づけるか、これからの課題です。事務所に居た頃周りに、すてきな上司、先輩がたくさん、いらっしゃったので、“この人の、ここを盗んで自分のものにしたいな”と、よく思ったものでした。
 “十年ひと昔”という言葉がありますが、事務所が発足してから十五年目とうかがいました。私が居させていただいたのはその間の、たった二年と五ヶ月ですが、いろんな面で、たくさん勉強させていただきました。
 失敗や反省もくり返してきましたが、楽しかった思い出が、つぎつぎと浮かんできます。事務所に集まる方々は、みなさん、ワイワイと飲んだり食べたりが、大好きなようです。よく仕事して、よく遊ぶ、そう、タフなのです。一人一人の個性も冴えわたっていて、ほんとに刺激的で、退屈するひまがなかったです。それから忘れられないのが、高橋コーヒー店のアイスコーヒーと、くいしんぼ遊で、月末にやる“中ジョッキ二百円”です。夢にまでみます。
 いろんな事を思いだしますが、事務所の方々に御迷惑をおかけした中でも、とくに妊娠、結婚、卒業、出産と続いた時には、ずいぶん励まされ、元気づけられ、助けていただきました。体が思い通りに動かず、はじめて気がついたこと、わかったことが、たくさんありました。そんな中、がんばれたのは、あたたかく見守ってくださった事務所の方々のおかげだと、ほんとに忘れられずにいます。
 また、遊びに行かせて下さい。

1992年 さかみち 創刊号より
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