ネット・さかみち

試験は魔物/三好 きょうこ

 「コーラススライン」というミュージカルはご存じのことと思います。あるオーディション風景の中で、ミュージカルに賭ける青年たちを描いた名作ですがこれをかつて劇団四季が上演した時の話です。

 浅利慶太氏が団員たちとディスカッションをしていたところ「すべてを捧げて、というセリフがどうもしっくりこない」という意見が若い団員たちから出たそうです。「食べ物も物質も充分でなかった時代。爪に火を灯すようにして演劇に打ち込んだ時代は過去のこと。物は溢れ、楽しみはいくらでも見つけられるこの時代に演劇ひと筋に賭けるのは『すべてを捧げて』と言うより『全てを捨てて』がふさわしいのではないか」。

 私の社労士試験は、正に、このタイプでした。全力でした。何しろもう逃げ道がありません。大体に集中型というか小心なので、遊びは勿論、年間四十日以上通っていた山にさえ、ぷっつり足が向かなくなりました。最後の一ヵ月に至っては、目標百時間。棒グラフまで作ってしまいました。

 幸いにも合格することができ、心底ほっとしています。勉強そのものの苦しさもありますが、何よりその間に犠牲にした友人との交流、人間関係の和を取り戻せることについて、終わってみたら、全く友達から電話がかかってこなくなっていました。呆然。私のようなやり方の場合、試験勉強は自己完結を肯定する魔物です。受験という大儀の下に、誰にも会わず自分だけの世界に閉じ込もることが肯定できる。社労士なら、合格のための勉強すら、世のため人のためなどと、錯覚もしかねません。とても危ない。世の資格マニアには、案外この魔物中毒者が混じっているのかもしれません。

 受験勉強やその後の過程で、合格はこの仕事のスタートライン。続ける限り一生勉強をしていかなければならないらしいことが解ってきました。嗚呼。落ちても来年は改めようと思っていましたが、次代の方々には、私のようなことのなきよう、バランスの良いスタイルを確立されることを願います。やはりこういうのは私だけでしょうか?

1994年 さかみち 2号より
back close next