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子育てについて思ふこと/田辺 初枝

子育てとはつくづくやっかいなものである。

我が家の息子を通しての実感である。今年にはいって特にこの実感が強くなった。

こどもを自分の私物のように考えるからそう思うのかもしれない。

こどもの権利条約が昨年日本でも採択され、例えわが子でも暴力をふるったり、虐待してはいけないことになった。しかし、気の短い私にはなかなか自分の感情を律しされない。

4歳で保育園の登園拒否、一年生の時もスムーズに学校いへくまでに一学期かかった。そして昨年あたりから、動作がにぶいのと、時間に無頓着なのと、朝ご飯をしっかりと食べたいがための遅刻が目立っている。なにせ、共働き家庭で母親が子供より先に出るためにやむを得ないのかもしれないが…。

そこで今年はこのどうしょうもない九歳の息子を通して一年を振り返り、子どもと仕事をテーマに考えてみたい。

今年にはいって何故こんなに息子の事が気になりはじめたかというと、それはやはり担任の先生の影響によるものかもしれない。先生は4月の学級懇談会の開口一番「今年の4年生は学習がとても遅れています。新学習指導要領ができ、こどもの個性を尊重する指導があるが、私は旧人類の部類のためこどもはある程度叱咤激励して指導します。」と言われたのを聞いて私はとても安心したのである。最近の指導要領通りやられると、出来ないのも個性とされれば、我が家の息子など宿題をやるのがやっとなのでたちまちおちこぼれるに違いない。基本的な学習の習慣が出来ていないのである。又、とても懇切丁寧に、毎日連絡帳に提出する五行日記の添削をして下さる。

今まで子育てについて、ぽ一としていた自分の子に対する煩悩のようなものが呼び起こされた。

そして、毎年夏に全国で行なわれる保育合同研究集会が千葉で開かれた。ここで「共働き家庭の早期教育については、残念ながらとり残されている」と千葉大の教育学部の教授が言われた事が耳に残り、11月のある日「早期教育の育てる力、奪うもの」と題する講演を聴きにいった。

この夏以来、いろいろ気になって、子育てに関する本をそれなりに読みあさった。椎名誠の「岳物語」から加藤繁美の「早期教育の育てる力、奪うもの」まで。そして、子育ての無限の可能性、子どもを通しての人と人との結び付き、社会との関わりなどを学んだ。その中で、かなり子育てと仕事とは共通する部分があるということも、確信した。自分自身が所詮不完全なのだから、子どもに期待するのも虫が良すぎるかなとも思うが、しかし親の背中を見せて子どもに成長してもらわなければならない。(子育てのしかたにもいろいろあるが、それが一番いい方法なのだと教育界の大御所もいっておられる)

親自身が自分の分野で努力し、こどもにもそれぞれの分野で頑張ってもらう。それが一番生きていくことで大切な事だ。又、ともすればあまりにも現状がひどいので悲観ばかりしているが、大局的な展望にたたないと現実が見えなくなってしまう。

早期教育についてもいろいろ取り沙汰されているが、(例えば一歳で漢字を数百字覚え、三次方程式をマスターするようなこどもが現実にたくさんでてきている。)どの程度持続できるかという疑問について、加藤繁美教授は三つの疑問に答えておられる。

(1)その覚えた知識を受験期まで繰り返し行わなければやはり持続は不可能

(2)身体的な記憶で持続する

(3)知識を納得知のレベルまで高める

以上まとめると、やはりこどもたちにわかる喜びを享受させるという事に突き当たるのである。意欲を培い、そして人格(人間性)を身につけてほしい。

教職課程を学ばなかった私にも、教育基本法でうたわれている事が、今実際の子育てを通して会得する事ができた。とても息子に感謝している。

1996年 さかみち 4号より
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