ネット・さかみち

幼な友だち/瓜生 初美

 約7年振りに、奈良に住む幼な友だちに会いました。家が近かったわけでなく、ずっと同じクラスだったということでもなかったが、気があったというのか、中学卒業後も、遠のきそうになりながら今日迄、年『回の年賀状と数えられる位の電話で友情を一保っている。だから一度電話をすると話題盛りだくさんで長話しとなってしまう。この前はいつだつたのかと考えると、もう一年も前のことだった。

 長いこと寝たきりだったお母さんが亡くなられたとの知らせであった。「何にもわからないままに逝ってしまった」彼女の言葉にいろいろな想いが混ざっていることを思うと言葉少なく電話を切ったのでした。私の胸にもいろいろな想い出がよみ返ってきました。

 7歳の子供が4キロもの道を歩いて遊びに行ったり、泊まったりしたのも友だちと遊びたい気持ちもだが、畑仕事で忙しいのにもかかわらず暖かく迎えてくれる小父さん、小母さんがいたからだと思う。2年位前お見舞いに行ったときのこと。ベッドの上で只、横たわっているだけの小母さんを、床ずれを作ることもなく献身的な看病を続けていた小父さん。物言わぬ小母さんに常に話しかけていました。「小母さん、でも幸せだったね」訃報に接したとき私が感じた率直な気持ちでした。

 「東京へ遊びに行ったら原宿に連れていってね」といっていた尚ちゃんが今では小さな子どもたちを相手に頑張る保母さんに。疲れ切って寝ている私の耳もとで「おばちゃん、起きて僕と遊んでよ。」とさわいでいた宏司君が「僕の青春今しかないんだから」学校生活を楽しむ高校生になっている。もう私の相手なんてしてくれないのでしょう。

 短い間に語られる彼女の言葉の端々に、家族のほのぼのとした雰囲気が昔も今も変わらず継続しているのを感じたひとときでした。気張らずにつきあえる大事な友人です。

1996年 さかみち 4号より
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