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私の新しい友達/倉本 小百合

 この夏生まれてはじめて青い瞳の友達ができた。

 通称ジュビちゃん。ブロンド、長身、スリム、おしゃれなフランス美人である。

 主人の実家の隣に住んでいて、母から噂を聞いていたため、ある日偶然出合ったとき、すぐ話がはずんだ、もちろん日本語で。来日して4年目とは思えない、想像以上の流暢な日本語だった。

 彼女は、親日家の家庭で育ち、日本語はもちろん、日本の歴史や文化、自然あらゆるものに関心が深く、ヘタな日本人よりいろいろ知っている。現在彼女はある日本企業の一社員であるが、アフター5や土日、とにかく空いた時間が少しでもあれば、一人で本当に目一杯展覧会や催しやお祭りなど日本を学ぶために精力的に足を運んでいるのだ。
  あれから何度となく会ったり、電話などでお喋りをしているが、いつもびっくりさせられたり、感心させられたり、恥ずかしい思いをさせられたり、ドキドキしっぱなしである。私が一緒に行ったのは、国際映画祭、表参道の骨董品屋、歌舞伎、浅草の時代祭り、菊まつり、美術館、などであるが、普段ならわざわざ行かないような場所へも、彼女のお蔭で行くことができた。そしてなによりも彼女と一緒にいると、自分が如何に自国のことを知らないかということをつくづく思いしらされるのである。

 はっきりモノをいい、自分が何故そう思うか、たくさんの言葉と面白いたとえを用いて懸命に表現する。何気ないことを「どうしてですカ?」「今の件は?」「こうしたほうがいいんじゃないですカ?」と矢継ぎ早に聞いてくる。そんな風に聞かれて考えてみると、当たり前と思っていたことが矛盾だらけなことに気がつく。彼女は、日本人はもっと人どおし謙遜しあい、譲りあい、助け合いながら暮らしているのだと思っていたらしい。東京の街中を歩きながらも、ぶつかってもしらんぷりの人や、くわえ煙草のおじさんや、道の真ん中で喋り続けているおばさんたちや、チャラチャラしているだけの若者を見て、いつも顔をしかめて怒る。確かにもう少し前の日本であれば、もう少しマナーは良かったはずだ。もう少し他人への思いやりもあったろうに。そして覇気のようなものも。

 彼女は日本で暮らしながら、日本を見ながら、外国人ながらも日本の将来を危惧している。
  「フランス人は後ろ向き(歴史を大切にする)で日本人は前向き(経済を重んじる)ですネ。」聞こえはいいが、今のうすっぺらな日本の姿をあらわしている。「日本人は、外にばかり目を向けずに、マズ自国のことを振り返り、独自のその価値を再認識するベキですネ。そしてそれが日本人としての誇りや自信となるだとおもいマス」

 私は、彼女の言う事すべてが当たっているとは思わない。だが彼女に会って私は日本人として反発しながらも日本人の未熟さとそしてそんな日本人としての自分を自覚してきたように思う。本当にお礼を言いたい。

 この島国のまさに身内だけで暮らしてきたような日本は、国際化という命題はまだまだこれからで、現状は外国人には非常に排他的だ。そんな日本企業で孤軍奮闘しているジュビちゃん。彼女の熱意が上司や同僚たちのかたくななハートに風穴をあけることができることを信じ、期待して止まない。どうかよろしくお願いします、我々を。

1997年 さかみち 5号より
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