ネット・さかみち

生きて生きて生き抜くぞ/福田 和美

 平成10年は、私にとって一生のうちでも、最重要なときになりました。というのも、脳腫瘍(聴神経腫瘍)という病にかかり、生死を身を以って体験したからです。

 4月30日に、私の勤めている近くの東京警察病院の耳鼻科に行きました。近頃、右耳が聞こえなくなり、耳鳴り、そして直すぐ歩けず左側の方へ寄って歩くようになる症状です。私自身、疲れからくるので少し休めば治ると思っていました。また、先生もそのような事を言うだろうと思っていました。色々な検査をしその結果、先生の方がビックリした表情で、脳腫ようの疑いがある、すぐ入院して下さいと言われました。

 早速次の日(5月1日)から検査入院、入院6日目に脳腫ようが判明しました。その結果、耳鼻科から脳外科へ送られ脳外科の先生から3つの選択肢の説明がありました。1つ目=手術・2つ目=放射線治療・3つ目=薬の投薬で様子を見ていく。しかし、3つ目の薬の投薬は、年齢が若いと言うことで実際は、二つの選択しかありません。一週間の猶予をいただいて結論を出すことにしました。

 その間、友人・知人・本屋に行き色々と検討して手術のための再入院です。
 手術のための短かい期間での検査はとてもつらかったです。6月8日に8時間かけて手術6月17日には退院と順調に進みました。しかし、退院したからと言ってそう簡単ではありません。
 子供達が寝ている私の枕元に少し触れるだけで頭がガンガンする状態です。又、今年の夏は特に天候が不順で体調も思ったより回復せず、体力もおとろえていきました。このままではいけないと思い、夕方には、少しずつ近所を散歩するようになりましたが、けっして独りでは行けず家族の皆んなで協力して私を助けてくれました。特に、後からくる自転車はとてもこわかったです。8月に入り動かなかった首も少しずつ動くようになり8月21日から職場復帰することができました。

 職場の皆さんには色々とご迷惑をかけますが、少しずつ体調も回復しています。
これから、寒さも厳しく、頭の痛み、又疲れが出ますがこの世に帰れたことを幸福に思っています。これからは、体を大事に、生きて、生きて、生き抜いていきたいと思っています。

 この原稿を書いている時は、まだ頭の痛さはありますがあせらず、前向きに人生を考えたいと思います。

1999年 さかみち 7号より
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