ネット・さかみち

岩手を旅して/田辺 初枝

 “不来方のお城の草に寝ころびて
  空に吸われし十五の心“

 石川啄木十五歳の句です。学生時代、早熟な天才歌人石川啄木の歌に惹かれ、岩手県渋民村から盛岡方面へ旅をしました。あれからすでに二十数年が経ち、我が息子も啄木と同じ年代を迎えているのですが、なんと幼稚なことか!!
 そう大きな声で話しておりましたら、思わず岩手観光のガイドさんにクスクス笑われてしまいました。岩手、秋田方面に数十年ぶりに、職場の有志と旅する機会に恵まれ、昔、苦労して東北を旅したことを懐かしく思い出しながら、再び岩手の地を踏みしめることができました。二十数年前は夜行列車に乗り、十数時間もかけてたどり着いた東北の地でしたが、今はわずか三時間で盛岡に到着です。新幹線の便利さに圧倒されながら、でもあの時代、新幹線がなくてよかったとも思います。啄木研究と銘打って、夜学生たちが夜行列車を乗り継ぎ、貧乏旅行に胸はずませたのですから。その時の記憶が今も鮮明に残っています。しかしこれが新幹線だったら‥‥あの夜行列車の旅が、今も記憶に残っているかどうか?便利な世の中ですが、わずかこの二十年のうちで古きよき時代が入れ替わってしまった気もします。
 20数年前の暑い夏渋民、盛岡と啄木ゆかりの地を訪ね歩き、小岩井牧場の超ミニ版のような〃斎藤ミニミニ牧場〃というところに一泊。朝起きた時、はるかに広がる岩手山の雄大だったこと、”東北はいいなあ”とつくづく思ったものです。この雄大な山や川があったればこそ、啄木はあの情緒豊かな歌を生み出したのか。又、極めて貧困と病魔にむしばまれながら二七歳の短命で亡くなる間際に「時代閉塞の現状」などの優れた作品も生み出したかと思うと、感無量になったものです。今回、観光バスで「啄木望郷の丘」に立ち啄木のブロンズ像に寄り沿い、生誕の地渋民のある姫神山を仰ぎ見ました。

 “ふるさとの山に向かいて
  いうことなし、
  ふるさとの山はありがたきかな“

今、生活も豊かになり医学も発達し、人生80年代を私達は生きています。短命にして波乱に満ちた生涯の中で、優れた作品を残し、今も多くの人々に感動を与えている啄木がこの場にいたら“この時代をなんと論評するか?”
 啄木に恥じないように現代人は、精一杯生きなければならないのではと、思いを新たにし、二一世紀に足を踏み出そうとしています。

2002年 さかみち 9号より
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