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愛しのわが家/永井 かずえ

女性の一人暮らし、と言われてどのような住まいを想像するだろうか?壁紙の白さが眩しいフローリングのワンルームに小さなキッチン。ベランダのハーブの鉢植えが心地よい風に揺れる…以下略。

実家を離れて10年以上になるが、私は一度もこのようなクリスタルな住居に暮らしたことがない。初めて住んだ部屋はゴルフショップを営む初老の夫婦の自宅の離れだった。離れと言ってもゴルフ用品の修理工場との間を板一枚で仕切ったスペースに台所やお風呂などの水まわりがあり、細くて急な階段を上がった6畳ほどの和室が私の新しい城だった。階段の脇には設置を義務づけられたかの如く、害虫駆除スプレーの大きなボトルが鎮座していた。そう、カサコソと夜の闇にまぎれてアイツが出没するのだ。クリスタルルームへの憧れを棄てきれない私は、これらの環境に少なからず不満を抱いていたのだが、自分専用のキッチンとバスルームのある暮らしがどれほど恵まれているかなど考えたこともなかった。

次に暮らした部屋は四畳半一間に小さな台所がついた学生用下宿だった。築30年は優に超えていただろうか。一年後には取り壊されることが決まっていて、風呂場の浴槽のタイルの割れ目からは水が噴き出し、廊下は僅かに傾いていた。そこには学生ばかり15人ほどが暮らしており、皆例外なくお金がなかった。中には、高校以上は自分の意思で進学するものだから、それ以後の費用は全て親からの奨学金。卒業したら返すこと、と言い渡されている住人もいた。子供一人を育てあげるには数千万円ものお金がかかり、教育費が親の老後の生活を脅かす…そんな時代にである。彼女は学生時代からわずかなアルバイト代を積み立て、将来の返済に備えていた。当時はそのような教育の仕方もあるんだなーと感心するばかりで、その頃既に自分の母親が、私にかかった教育費回収のために銀行口座を開設していることなど知るはずもなかった。数年後、私は卒業証書と一緒にその通帳を授与されることになるのである。

とにかく住人たちは節約と称してできる限りのものは手作りした。住人の一人はお店でケーキなんて買えない、と言って朝早くからりんごを煮、パイ生地を練ってアップルパイを焼いた。1個買う値段で1ホール作れたよ~と誇らしげに言う彼女を傍目に、私はいつもより丁寧に紅茶を淹れた。すると、別の住人がアイスクリームの小さなカップを持って部屋をノックする。アップルパイにアイスを添え、下宿の脇に自生?しているミントとおぼしき葉っぱを飾ればデザートプレートの完成である。お金をかけなくても、丁寧に心を込めて作ったお菓子と友人とゆっくり過ごす時間の何と優雅であたたかいことか。私は若くしてその幸せを知った。

数年後、取り壊された下宿の跡地にはおしゃれな新しいマンションが建っていた。もしも私がこのきれいなマンションに暮らし、何不自由ない生活を送っていたとしたら、手間をかけて工夫し、その時間を友人と共有するという、お金では買えない最高の贅沢を知っていただろうか?

あれから数年が経ち、社会人になった今でも私の暮らしぶりは変わっていない。現在は家族用の物件を数人の友人とシェアしているが、同居人のギターの弾き語りで夜中に目覚めたり、酔いつぶれた来客が何故か台所に転がっていたりと…クリスタルにはほど遠い毎日である。しかし、わが家を少ない予算でいかに快適な状態に保つかになると、皆で知恵をしぼり工夫する。そこには以前私が暮らした場所で感じたのと同じあたたかい空気が漂っている。この充実した時間は決して永遠ではないが、懐かしく穏やかな気持ちで振り返ることができる場所が、また一つ増えるのだろう。

2006年 さかみち 13号より
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