ネット・さかみち

30年とか時間とか求めるものについて/ひむら としあき

 「タフでなければ生きていられない。やさしくなければ生きている資格がない。」

 かつて「プレイバック」という小説の中で、探偵のフィリップ・マーロウがそう言っていました。僕は、今年で三十歳になりました。まぁ、三十年生きながらえたので今のところタフなのだろうけど、優しいかどうかは資格の問題なのでなんとも言い難いところです。

 そして、当事務所も三十周年を迎えました。僕と同い年ということです。

 三十年―― 一人の男が、こうして文章を書き、酒を飲むようになる。オリンピックが七回開催され、太陽が一万九百五十七回昇る。そんな月日。

 以前、砂時計とロウソクの炎を見るのが病的に好きだった頃がありました。 落ちていく砂が堆積するのを見て、時間は失われていくものではなく積み重なっていくものなんだろうなと思ったものです。そして、段々短くなっていくロウソクを見ては、時間の経過と共にいろんなものを失っていくんだろうなと思いながら、ぼんやり炎を眺めていました。

 突然ですが、みなさんはスパゲティを茹でている間、何をしていますか?沸騰するまで時間がかかり、茹でるのにさらに時間がかかり、かと言ってその場を離れるわけにもいかない。
僕は、ジャズを聴いてやり過ごしています。ロックだと短いし、クラシックだと長すぎるし、となると残るのがジャズというわけです。ジャズは、それぞれの楽器がソロを回すもんだから、一曲終る頃に調度スパゲティが茹で上がる長さだったりするんですよね。曲にもよりますが。最近、音楽を真剣に聴くという作業を行う時間が、なかなかとり難くなっているのでいい機会になっています。

 ところで、先日国立天文台長の講演を聴きに行きました。宇宙の歴史は百三十七億年あるそうです。これまた途方もない時刻の流れです。30年なんて欠片みたいな存在だけど、僕達は何かを求めて必死で生きている。(何も求めないで生きている人はいるのでしょうか?)

 それは、優しさかもしれないし、スパゲティかもしれない。あるいは、何の脈略のない文章を書き綴ることかもしれない。

2007年 さかみち 14号より
back close next