ネット・さかみち

「さかみち編集長」のその後/栖原 圭子

 昨年まで6年間「さかみち」の編集に携わってきましたが、無事に卒業させていただき、作り手から読み手になることができ、ホッとしております。そして今年の4月、息子が中学生になりました。やっとここまで来た(成長した)と、親としては嬉しい限りで、幼い頃に思いを馳せながら感概深く入学式に参列しました。

 中学では入学式が終わったその場でPTA役員を決めます。入学式なら絶対に親が来ているからだそうで、親によっては次に学校にくるのは卒業式という人もいるからだそうです(先生談)。新入生が退場するとすぐに体育館の扉は閉められ旧役員が司会進行役で新役員決めが始まりました。決まるまで帰れません(抜け出すことも不可)。そして子供も決まるまで教室で待機させられます。他校の噂では聞いていた中学校の役員決め、本当なんだと驚きました。小学校では一度もPTA役員にはならずに避けてきた私ですが、中学では役員をやりたいと思っていたので自ら立候補しました。それだけ息子がかわいいということでしょうか?(私はそう思っていますが…)しかし、私と同じように子どもがかわいいからか何なのか、役員に立候補する人が多く、もしかしてあぶれて役員になれないのでは?とドキドキしましたがうちのクラスはぴったりと人数が出揃いました。(すばらしい!)あまりにも早く決まってしまったので、慌てたのは先生でした。例年通り時間がかかるだろうと高を括っていたようで、役員が決まったとの連絡が教室に入ったとたん、巻きに巻いてホームルームを無理やり終わらせたと、息子が後で教えてくれました。
 さて、役員が決まったあとは何の担当になるかが問題です。本部役員は会長や副会長が視野に入ってくるので絶対に避けなければなりません。他の担当は活動内容がよく分らないので私にとっては似たりよったりです。そして熾烈なジャンケン大会が始まりました。私は運よくすんなり「広報」担当になりました。そして後日広報担当者全員が集まり委員長を決めたのですが、これはなかなか決まらず、結局あみだくじで決めることになりました。あみだくじを旧役員が作り誰から記入するかでもすんなり決まらず、はじっこに座っていた私ともう一人がジャンケンをしました。私はジャンケンに勝ち最後に記入することになりホットしました。残り物には福があるって言いますからね。最後に私の所にまわって来たあみだくじの用紙、迷うことなく空いているところに名前を記入しました。しかし、私が最後ではなく実は欠席している人が2名いたので3名分が空いていたのです。私には1個所しか空いているスペースが見えませんでした。「ここだよ~ここに名前を書くんだよ~」という風になぜかその空いているスペースは光って見えたのです。「委員長」からあみだを辿っていったら私の所に行きつきました。なぜ?また私…?
思えば、保育園の役員決めのときも息子に「ここ!」と指定された所に名前を書いたら「あたり」と書いてあったり…、社宅の役員決めのときも引いたくじは会長だったり…、外タレのコンサートチケットを嫌いな先輩とペアで引き当てたこともあったり…、とにかく「くじ」はここぞ(自分の意に反して)というときになぜか必ず引き当てる私。今回も「あみだくじ」と聞いた瞬間いやあ~な予感はしたのですが、予感は見事的中!どんより沈み込んでしまい暫くどころか長い間浮上することができませんでした。

気を取り直して・・・

 やっと編集作業(さかみち)から解放されたと思ったのも束の間、今度は中学の広報誌を作るはめになり、最初は嫌々渋々の広報委員長でしたが、「さかみち」と同じで出来上がったときの達成感は嬉しいものです。こうなったら「広報誌のコンテスト」に応募しましょう!と、率先して活動しています(やけくそ?)。 最近は結構PTA活動も楽しいな~♪なんて思えてきました。先生たちに私の顔と名前を覚えていただけたので、きっと息子の覚えもめでたいであろうと勝手に思い込んだりして(笑)。

そういえば、私は保育園でも卒対(卒園対策委員)で卒園文集を作っていました。つくづく編集作業に縁があるなあと思う「元さかみち編集長」でした。

2011年 さかみち 18号より
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