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二人のタクシードライバー/田辺 初枝

 私は今の地に引越してきて物心?ついた時から、ほとんど乗合タクシーの常連客である。
どうしてこうなったのか?あまり記憶は定かでない。
多分子どもの保育園仲間に誘われたからだと思う。
十数年前までは、保育園仲間は沢山いて、みんな朝の10分が惜しくてバスに乗らずにタクシーに乗りあっていた。
それが、5、6年前から乗客が減り始め、客が集まらなくなった。
もう最近は多くて二人、ほとんど一人が珍しくない。
バスはかなりの割合で出てはいるが、もう運転手さんとは顔なじみになっていて、客待ちしている姿を見かけると、ついつい乗ってしまう。
一人で乗るとタクシー料金はバスの4、5倍なので、我が家の家計に占める通勤費の額は相当なものである。

最近一人で乗ることが多くなったこともあり、朝色々な世間話をする。
その中でも切実なのは運転手さんの当番と非番の比率である。
ご存知のように一般的にタクシードライバーは、最大16時間拘束なので深夜終電の乗客が来るまでは大抵勤務する。
そして納車をし、明け方自宅へ帰り次の日の朝まで休むことになる。
なので大抵の運転手さんは6時過ぎには出勤し、軽く詰所で朝食をとり、そしていつもの客待ち場所に集合する。
この当番と非番の、私の利用場所での人数が、極端に違うのである。
(例えばその当番の1班の曜日を月、水、金、日、そして2班を火、木、土とする)

1班の人数構成は4人、2班は2人、この両方に属している人にTさんがいる。
Tさんは通常のシフトとは違っていて、日勤専門のドライバーである。
通常は一台の車を一日交代で使うのだが、車の相方が夜専門者がいれば、日勤専門も存在することになる。
Tさんは大抵朝5時から夕方4時位の勤務である。

実は最近このTさんを含めた二人体制の曜日に行くと、客待ちタクシーが停車していない。
かなり困っている。
そもそも二人なのに今一人は、大抵8時にならないと出勤してこないのである。
かたや1班はいつも4人体制で、大体3台は常駐している。

どうしてこんなアンバランスなのか?最近利用者達は、もうタクシーに見切りをつけ、バス乗車になったようだ。
しかし私はなおも懲りずに、来ないタクシーを一応は待つことにしている。
それは実はこのTさんなるドライバーの心意気というかタクシー運転者魂というかにいつも頭が下がるからである。
このTさんは毎日が日勤勤務でまだ定年前のため、一定歩合達成(ノルマ)が求められている。
後のドライバーは1班のEさんを除けば、皆、定年後再雇用者のため、年金との併給調整範囲で働けば良いのだそうだ。
しかしTさんは、常に常連利用者を気にかけ、何かにつけて「昨日はすまなかったね」との言葉かけも欠かさない。

自分のようなそれでもタクシーを待つ身の利用者は、やはりこのアンバランスを何とかして欲しい。
そこで最近乗るドライバーごとに、この問題を切り出してみる。
何とかこの1班と2班のメンバーチェンジは出来ないのか?あるいはもっと2班のメンバーを増やしてもらえないのか?いずれの提案も結果は「ノー」。
その理由は、なんと2班の8時出勤のNさんが認めないからなのだそうだ。
仕方がないので、このNさんが、たまたま早く来て乗った時に、その訳を聞いてみた。
「メンバーの増員変更をタクシー会社に言ったら、してくれるかしらね?」「それは駄目だね」「なぜですか?」「俺が認めないから」「どうして認めないのですか?」「客が減るから」「客が減るからといったってタクシーが止まっていなければ、誰ももう諦めて乗らなくなりますよ」「だからそんなに台数がいても仕様がない」「でも誰もいないと毎日乗る私たちが困るんですけど」「大丈夫だよ、俺もう来年辞めるから、来年になれば人数が増えるよ」とまあこんな調子なのである。

もう呆れて物が言えない。
かたやTさんは、このNさんの代わりを何とかカバーしようと、近隣タクシーの知り合いや、個人タクシーにも声をかけて、誰も居ない状態を打開しようとしているのに・・・しかもこのNさん、乗客が急いでいても、いつも顔を見てから吸っている煙草をおもむろに消し、ゆっくり運転席についてから発車する。
なのでいつもすぐ先にある信号が青から赤に変わってしまう。
これが青の途中で発車すれば、向こう3台の信号がずっと青で通過でき、運賃もワンメーター安くなるのに。
なのでこちらも、もう他の運転手と同じ料金で上がったメーターは無視し、支払をする。
「ああNさん料金あがっちゃったね、でもNさんお金持ちだから、皆さんと同じ金額でお願いしますね」

他のメンバーは上がる前に料金のメーターを止めて、固定料金で、利用客の利便をはかっている・・・・・

まあこのNさんについては、とにかくすこぶる評判が悪い、あるときいつものメンバー以外のドライバーに、この状態を聞いてみた。
Yさん曰く「Tさんの頼みもあり誰も居ないのでつけていると、遅くにやってきて「どけ」という」のだそうだ。
仕方なくこれまた、すごすごと引き下がらざるを得ないとのこと。
熾烈な縄張り争いがあるのだ。
曰く「違う会社だったら仕方ないとして、同じ会社で何でそうなるんだ!」

とにかくこのNさんは、相当な自分勝手で、自分さえよければ利用者がどうなろうが、同僚がどうであろうがお構いなしなのだ。
対するTさん、乗客に対する振る舞いを含め、評判はすこぶる良い。
常連利用客で、名前を知らない人はいない。
又、個人タクシーや他の会社の人も、「あんないい人は何処にも居ないよ、いつも乗り場の掃除(乗り場をきれいにしようと箒と塵取りを置いて掃除をする)や、代わりを頼んだ人には、ジュースの差し入れをしてくれている」

この二人の違いを見ていると、昨今の世相、世の縮図を見ているような気がする。
世の中不景気になり、自分勝手な、自分さえ儲かれば良い人間や会社が多くなっているように思える。
又隣近所の付き合いや人間関係も希薄になってきている。

近隣の賃貸住宅では、数年前まで行っていた町内会の日曜清掃が、出る人の減少で廃止状態となり、誰が何階のどの部屋に住んでいるのか、全くわからなくなったと、知り合いが嘆いていた。

こんなNさんのような人ばかりだったら、もうタクシー利用なんて金輪際やめようかと思うのだが、でもこのNさんを除けば、みんな、Tさんに近い善良なドライバーなのだ。

結局1班の時は、今まで通り世間話をしながら、タクシーに乗る。
そしてこの2班のときはバス通勤に切り替えた。でも、Tさんが入れば勿論乗るが。

まあ、来年からこのNさんは居なくなるそうだから、少しでも2班の人が増え、第二のNさんが現れないことを、祈るばかりである。

2012年 さかみち 19号より
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