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軍艦島に行ってきました/橋本 志乃

 みなさんは軍艦島をご存知ですか?軍艦島とは、長崎港から約19キロのところにある、かつて炭鉱で栄え現在は無人となった、廃墟の島です。
正式な名称は「端島」と言うのですが、島全景のシルエットが軍艦「土佐」に似ていることから「軍艦島」と呼ばれるようになったそうです。

「江戸時代後期に石炭が発見され、明治時代初頭に開坑。
明治23年に島全体が三菱の経営となり、本格的な海底炭鉱として操業を開始。
以後80年間日本の近代化を支えてきたが、昭和に入り、国による石油へのエネルギー転換政策により、昭和49年1月15日に閉山(るるぶから抜粋)」というこの島、観光客が上陸、見学できるようになったのはほんの4年前のことです。

島の写真を見てまず驚いたのは、そのコンクリート造りの廃墟群です。
63,000㎡という小さな島には、建物が密集して建てられており、最盛期には当時の東京都の9倍もの人口密度だったと言われています。
しかし、「大正5年に日本最初の鉄筋高層アパートが建てられた」というだけのことはあり、その建物はどれも古く、いつ壊れてもおかしくないような状態です。
実際私が軍艦島ツアーに行ったときのガイドさんの話では、「日に日に建物は壊れていっているため、今のこの姿を次来たときにまた同じ状態で見ることはできないでしょう」とのことでした。

 軍艦島への行き方はいくつかあるようですが、今回は長崎港から行ってきました。
長崎港からは30分前後で到着します。
到着5分ぐらい前になると、絶好の撮影ポイントとなるわけですが、これは座席によって見え方が大違いです。
今回のツアーでは、私の座っていた進行方向右側の座席が軍艦島側でしたので、もし行こうと考えている方がいらっしゃったら、右側の座席をお勧めします。

 上陸後はいくつかのチームに分けられ、ツアー会社の方の説明を聞きながら見学し、その後船で島の周辺をこれまたガイド付きで周遊することになるようです。

 行ったはずの私がなぜ「なるようです」という表現なのか。
それは、行ったものの運悪く上陸できなかったからです…。
「年間の3分の2上陸できればいい」と言われるこの島、今回は台風が近づいているということで、波は大荒れ、船は上下左右にそれはよく揺れました。

 通常「上陸→周遊」となるツアーが、今回は「上陸へのトライ→周遊」となってしまったわけですが、荒れた波の中、近づいては遠ざかりを繰り返し、何度も何度もトライして行く様子は、それはそれでおもしろかったのでよい思い出です。
問題は荒れた海の中の周遊です。
上陸できなかった分もあり、1時間ぐらいは周遊したでしょうか。
よく揺れる船、エンジンの臭い、完全に船酔いです。

 乗り物にあまり強くない私は乗船前に「酔い止めバンド」を購入していました。
手首に巻き付けるもので、バンドの中央にある突起物が手首の「内関」という酔い止めのツボを押してくれる、という仕組みです。
「これを装着することによって約8割のお客様が酔わなかったとおっしゃっています」という言葉は嘘だったのでしょうか。
まるで効果なしです。
私の前の席に座っていた方も、バンドを巻いていましたが私以上にぐったりです。
体質なのか、バンドの限界を超える揺れだったのか。
途中からは写真も撮らず、一刻も早く陸へ戻ることを願うばかりです。

 無事陸地に戻ると、先に支払っていた「入場料」その他よくわからない料金が払い戻されました。
それなりの額が返ってきたので、中華街に行って夕飯の足しにしようと言う主人。
中華…。いやいや。考えたくもない。

 そんな楽しい思い出と辛い思い出を残してくれた軍艦島。
今度は是非あの地に自分の足で降り立ちたいと思います。

2013年 さかみち 20号より
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