ネット・さかみち

北岳の夏/横島 洋志

 甲斐駒ケ岳の思い出
1999年8月、学生最後の思い出に毎日甲府盆地から眺めていた山に登ろうと思い、父と甲斐駒ケ岳に登った。
学生時代の4年間を山梨で過ごした私にとって、富士山や南アルプスの山々は日常生活にある景色の一部としてすっかり溶け込んでいた。
子どもの頃から山は好きだった。
日本の山がたくさん載っている本を買ってもらいよく読んでいた記憶がある。
今思えば、学生生活の地に山梨を選んだのもそういった山好きが関係していたかもしれない。
毎日表情を変えるその雄大で圧倒的な景色はいくら見ていても飽きなかった。

甲斐駒ケ岳は南アルプスの北端にある日本百名山の山である。
標高は2,967m。
麓には尾白川渓谷という水のとてもきれいな渓谷があり、ドラマやCMの舞台としても使用されている。
学生の頃、何度かその渓谷を訪れ大自然に感動し、上を見上げるとなんともごつい山容の山がどっしりと構えていた。
私はすっかりその山に魅了され、登るならこの山しかないと思った。
当時は登山グッズなどの十分な準備もせず、登山靴は登山好きな親戚の叔父に借りた。
日帰り登山だったが、今思えば甲斐駒ケ岳を筑波山(877m)の観光登山ぐらいにしか思っていなかったのだろう。
本格登山の洗礼を受けることになろうとはその時は思いもしなかった。
父も私も登山経験はほとんどなく、父はゴルフで体を動かしていたし、私も若さでなんとかなるだろうと思っていた。

当日のまだ日も昇らない時間に、甲府市内から登山口のある広河原まで車で向かった。
途中、夜叉神峠というとてもせまく道悪の県道を走るのだが、幽霊でも出てきそうな不気味で細長いトンネルがあり、怖くてバックミラーを見られなかったことを覚えている。
広河原からはバスに乗り継いで登山道へ向かい、ようやく登山を開始。
はじめはなだらかな山道も次第に険しさを増していき、山頂が見えてくる頃に登山道が二手に分かれる。
一方はなだらかな回り道。
もう一方は岩場を直登する最短ルート。
早く頂上に行きたいという思いと、続々と最短ルートを登っていく年配の女性たちを見て、自分でも行けるだろうという慢心で最短ルートを選んでしまった。
そのルートは、岩に手と足を掛けてほとんど真上に登っていく、まるでロッククライミングのような道で、一度登り始めると後戻りはできない。
振り返ると真下を見下ろす感じで、怖くて足がすくんだ。
必死で登る父と私をよそに、年配の女性たちは「大丈夫、大丈夫!!」という言葉を残して、慣れたようにさっさと追い抜いて行ってしまう。
後悔先に立たず。
覚悟を決め、頂上までなんとか無事に辿り着くことができたが、一歩間違えれば事故にもなりかねない状況に恐怖感を覚えたものである。
後で知ったのだが、このルートは上級者向けだったようである。
知らないとは怖いものだ。

下山時も苦労した。
山を下りるのに途中でもう一山登らなければならなかったときは絶望感に近いものを感じた。
そして、帰りのバスの時刻も迫り、ひたすら無言で下山。
車で帰る途中の峠道でクラッチを踏む際に足を攣った私に、夕食のファミレスで注文したスパゲティを目の前にして、いっさい手をつけることができずに憔悴しきった父。
これが甲斐駒ケ岳の思い出である。
日本第二位への挑戦

 あれから14年。
今年から登山を始めることにした。
山梨を離れ、甲斐駒ケ岳以降は富士山に二度ほど行っているが、しばらく登山からは遠ざかっていた。
しかし、周りに登山をする人が多いことや日々の運動で体力もついてきたため、今年は登ってみたいと思った。

さっそく登山グッズをそろえ、旅行会社が主催する登山ツアーに申し込んだ。
挑戦する山は「北岳」。
標高3,193mの日本で二番目に高い山である。
一番は誰もが知っている、今年世界遺産に登録された富士山(3,776m)である。
しかし、二番目は一般の人にはあまり知られていない。
富士山はもはや観光登山として誰もが登りやすい山であり、すでに登頂していることもあってあまり興味が沸かない。
富士山は登るよりも見る方が好きである。
ならば二番目の山に登って一番の富士山を見たいと思った。
北岳は甲斐駒ケ岳と同じく山梨の南アルプスにある山であり、登山口のある広河原に行くのも14年ぶりである。こうして一泊二日の登山ツアーがスタートした。

暴走タクシー!?

 2013年8月3日、午前6時40分に新宿駅に集合。
参加者は24名で、わりと年配の方が多かった。
新宿駅で特急に乗車して出発し、甲府駅に到着後は登山口までタクシーでの移動となる。
タクシーは一台10人ほどが乗れるワゴンタクシーで、登山口のある広河原までは約1時間半。
3台に分かれて甲府駅を出発した。
今日会ったばかりの人たちと長い時間狭い空間にいるのはちょっとした緊張感もあり、早く登山道に立って開放されたいという気持ちが強かった。

そのはやる気持ちとは裏腹に、タクシーは夜叉神峠の長い峠道に入った。
そこで私は違和感を覚えた。
どうも私の乗ったタクシーの運転手は運転が荒いような気がする。
街中でもそんな気はしていたが、峠道に入るとそれは如実に表れた。
峠道を攻めているかのようである。
初めはこれが山道専門のタクシーの運転なのかと思っていたが、これは明らかにおかしい。
いくつものコーナーを対向車のことなどお構いなしとも言わんばかりのアグレッシブ過ぎるコーナリング!!加えて、でこぼこした道を減速もせず、座席から跳ね上がるほどの衝撃!!横揺れと縦揺れの激しさに「ラリーかっ!!」と突っ込みたい気持ちも次第に失せてきて、いよいよ気持ちに余裕がなくなってきた。
何やら雲行きが怪しい。
一コーナーごとに緊張感が増していき、「早く着いてくれ!」と願うのだが、この時間がとても長く感じる。
私の前に座る夫婦は怖さのあまりお互いの手を握りしめている。
私には取っ手しか握りしめるものがない・・・。
「この運転手は正気なのか!?」。
誰もがそんな空気を感じながら、しかし、誰一人言葉を発することができないでいる。

しばらくして目的地の広河原が近づき、やっとこの緊張感と酔いから解放されると思いきや・・・。
な、なんと広河原を減速もせずあっさり通過!?「ここじゃなかったのか?」「他にもっと近い登山口でもあっただろうか?」と多少パニックに陥るが、こんなに自信満々に通過するからには間違いないのだろうと自分に言い聞かせる。
後で他の人たちに聞いた話だが、その時はみんな私と同じように思ったそうだ。
私の隣に座っていた67歳のサングラスをかけたKさん(男性)が「まだ着かないですね~。
」と話しかけてきたのをきっかけに張りつめていた緊張の糸が少しだけ緩んで、まわりがざわざわしてきた。
Kさんは取っ手を右手でしっかり掴み、コーナーごとに体を揺さぶられながら私に話しかけてくる。
私は相槌を打つのが精一杯で、不安のあまり話す気になれずじっとしていた。
その姿がどうもKさんにはたくましく見えたらしい。

広河原を過ぎて30分ほど走ってから、運転手が目的地を間違えたことにようやく気付きUターン。
この時の車内の空気は「あ~あ、やっぱりな。
」という怒りと疲れがどっと出るような落胆だった。
「ツアーが中止になるんじゃ?」という不安もよぎったが、広河原に無事に戻り、1時間遅れの登山スタートとなった。
この間、添乗員や他の参加者の間では「車ごと一台消えた!!崖に落ちたんじゃないか!?」とちょっとした騒動になっていたようである。
他人に自分の命を委ねることほど恐ろしいものはないと思った出来事だった。
まるでミステリーのような波乱の幕開けである。

満天の星空と雲上の別世界

 1日目は午前11時半くらいに登り始め、3時間半くらいで山小屋に到着。
ここで一泊することになる。
1時間遅れのスタートだったが、夕食までは時間の余裕があり、みんなそれぞれビールを飲んだり、仮眠したりとのんびりとした時間を過ごしていた。
午後5時に夕食をとり、その後は部屋でその日の暴走タクシーの話題で盛り上がり、午後8時の消灯まで本を読んで眠りについた。
もっともあちこちからいびきが聞こえてきて、寝付くまでに時間がかかったが・・・。

 翌日の午前3時頃に目が覚め、他の参加者から星空がすごいという話を聞き、外に出て見るとそこには満天の星空が間近に広がっていた。
その息を呑むような空間に圧倒され感動した。
早い朝食をとり、午前4時半に頂上へ向かって出発。
途中、日の出を背にしながら、北岳の見どころの高山植物が一面に広がるお花畑を通り、森林限界を超えると辺りの眺望も開けてくる。
そこには雲海が広がり、富士山もうっすらと見ることができた。
上半分を雲に覆われていたが、雲上に見る富士山は絶景である。
世界遺産に登録され、みんなに注目されるものだからきっと恥ずかしくて顔を隠しているに違いない。
その他にも八ヶ岳や甲斐駒ケ岳、南アルプスの女王と呼ばれている仙丈ケ岳などの眺望もよく、遠くには中央アルプスも見ることができた。

山小屋を出発してから5時間くらいでようやく念願の頂上へ。
日本第二位への登頂の瞬間は最高の気分だった。
日常では味わえない達成感、初めて見る感動的な景色、これらは挑戦の賜物である。
天気は次第に変化していき、下る頃には辺り一面雲に覆われてしまったが、目にした景色がいつまでも焼き付いている。
あとはひたすら5時間ほどの下り。
上りの時のようなモチベーションはないが、最後まで下りてきてはじめてその山を制覇したことになる。

次なる挑戦

 添乗員の方が「山は登るほどに奥深さを味わえる」と言っていた。
それはまさに人生と重なる。
挑戦し続けることで達成感や挫折感を味わい、挑戦した結果、新たな景色が見えてくる。
それを繰り返していくことで人としての深みが増していくのだろう。

 さて、北岳を制覇し、次はどこを登ろうか。
いろんな山に行ってみたいが、ある程度経験を積んだ後に登りたい山がある。
それは学生の時に登った甲斐駒ケ岳だ。
ただし、登山ルートは難易度が高く、現在は登山客が少ない表参道の黒戸尾根ルート。
尾白川渓谷から登るルートで、日本三大急登のひとつである。
登山ガイドの人たちがトレーニングのために登るらしく、登山口から頂上までの標高差が2,200mほどもある長く険しいルートである。
思い出の甲斐駒ケ岳を完全に制覇するにはやはりこのルートは外せないだろう。
厳しいといわれると登りたくなってしまう性だから仕方ない。

先が見えず、何度も回り道をしたり、時には険しい道に挑むこともある。
長い道のりかもしれない。
それでも目標があればそこに近づいていけるに違いない。
だからこれからも挑戦し続けよう。

2013年 さかみち 20号より
back close next