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婚活の果てに/横島 洋志

 長い婚活だったように思う。独身という自由気ままな生活に慣れていた私は、結婚というものをあまり面白くない現実として考えていた。おそらく結婚に至るまでのお互いの気持ちの交流や成長といったものをすっ飛ばして、結婚を形式的なものとして見ていたからだろう。婚活というものに違和感を持っていたのはそのためだ。

 結婚するためにするのが婚活だが、そのプロセスがどこか味気ない気がしていた。婚活の目的は結婚だから、プロセスよりも成果を求められる。まさしく成果主義だ。自分の理想の、いや「超現実的」な相手を検索する作業といってもいい。そのために重要視されるのが外部情報から得られる「条件」だ。現代人は忙しい。仕事と婚活を両立させるにはいかに効率よく「相手を選ぶか」だ。婚活の世界も時短なのだ。だから、様々な婚活イベント(合コン、街コン、婚活サイトへの登録など)に参加する度にいつもむなしさを感じていた。選ばれるために相手に合わせた不自然な自分を演じたり、自分の「条件」でもいいという相手を探したり。そんなことを繰り返していると、「誰のために結婚するのか…。そんなに結婚したいのか…。結婚が幸せなのか…。」というそもそもの疑問と葛藤が沸いてきた。

 そんな私が自然体でいることができる場所のひとつが、6年も続いているスポーツジムである。体を動かし、汗をかいていると余計なことを考えている余裕がなくなるので気持ちがスッキリする。この場所でわざわざよそ行きの自分を取り繕う必要はない。スタジオのレッスンでは同じ動きをみんなでやるので、まったくの他人でも距離感が縮んでいくように感じる。体を動かす体験を共有する婚活イベントがあるのは、そういった効果も期待できるからなのだろう。

 いつものようにジムのレッスンに出ていると、ある日、私の後方でむきになって体を動かしている女性がいた。私はストイックな人には関心があるのだが、何度も同じレッスンに出ているうちに、なぜそんなにむきになっているのか気になり始めた。かわいらしく体を動かしているわけでもなく、本気でやっているように感じた。何も取り繕うことなく、自然な振る舞いで楽しそうにしていて、見ているこっちまで楽しくなってしまう不思議な感じの人だ。それが今の妻である。

 こうして私の婚活は終わった。結局のところ、巷の婚活では自分の良さも出せず、また、相手の良さを感じられずに成果を得ることはできなかった。自分もまた相手に理想的な「条件」を求めすぎていたのかもしれない。しかし、今ではある意味、婚活時の理想にはなかった理想的で「超現実的な」毎日を送ることができているように思う。それは背伸びせずに自然体でいられる生活である。恋愛のようにドキドキすることもなく、自然体過ぎて口うるさくなることも多々あるが、何気ない毎日の時間がとても愛おしく、一日一日を大切に過ごしていきたいと感じている。

2016年 さかみち 23号より
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