ネット・さかみち

2016年の夏/田辺 初枝

 「うちはまだ、両親4人とも健在なのよ」というのが2年ほど前までの私の口癖だった。しかしそれも昨年の夏に両親が相次いで亡くなり言葉を閉じた。そして今年、親たちの一周忌が終わったやいなや、義父が危篤との連絡が入り、その4日後に逝った。88歳のお祝いを行った矢先であった。義父は物が食べられなくなったのに、田舎のため、病院のベッドが空かず、自宅での看取りとなった。「こんなにあっけなく死ぬものかのう…」と96歳の義母はつぶやいた。そう思うと3日間の自宅での看取りは、痰の吸引に始まり終わるといってもいいほど大変だったと家族・親類は口々に言った。そう思うと、自分の父親も入院中、看護師さんがひっきりなしにやって来ては、枕元で吸引をしていたことを思い出した。介護保険の改正で看護師がやるような仕事が、結局は家族やヘルパーに移管された。この吸引ができなければ、痰がからまり死に至るケースもある。介護保険の現状は、次期の改正に向けて、ますます給付の削減が予定されている。「この先の自分達は使えないだろうな」と思う。「介護の社会化」のキャッチフレーズで始まったこの法律も、施行後16年、「保険あって介護なし」に限りなく近づいていることを実感した。

 葬儀は4人の子どもと9人の孫ひ孫達、親類、地域の人達に参加してもらい盛大に行われた。「みんな自分が蒔いた種だでな…」と義母はとても嬉しそうに晴れやかに話していた。

 今回はこの一人残った長老の義母(以下母)の事をここに記しておこうと思います。
 母は戦争未亡人です。夫は生まれたばかりの娘と3歳になる息子を残して、沖縄沖で戦死(南部戦跡・摩文仁の平和の礎に刻まれています)しました。残された子どもたちを育てる為に、長男だった夫のその家を守る為に、戦死した夫の7歳年下の弟(私の夫の父)と再婚しました。しかし再婚した夫は、二番目の息子がよちよち歩きを始めた頃、流行り病だった結核にかかり、数年間療養所に入ります。母は、4人の幼い子どもを抱えて、本当に苦労したそうです。子どもたちも、一つのリンゴはいつも4等分だったといいます。

 その母も、幾多の苦労を経て、今は四世代7人家族の長老として幸せに暮らしています。私の娘は小学生だったころ「おばあちゃんはマザーテレサに似ています」と作文に書きました。顔の輪郭とそのゆっくりとした仕業と、神(仏)やご先祖様を敬う様子は、私にもそう見えます。般若新経を読むとヘビが登ってくるとか(近所の人の話)。親類・地域の誰からも慕われ、やはり尊大な人です。そして、この母のすごいなと思うところは、年齢を重ねても好奇心旺盛な点です。朝は新聞を誰よりも早く読みますし、私が選んであげる本も目を通し感想を送ってきます。耳はだいぶ遠くなったけど、人と話すことが大好きで、週に一度のデイサービスを楽しみにし、折り紙作りなどを楽しんできます。

 きんさん、ぎんさんのように、「めざせ100歳」。おじいさんに先立たれたが、家族のアイドルとして、健康寿命を大いに全うして欲しい、それが、みんなの願いです。

2016年 さかみち 23号より
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