新型コロナウイルス感染症の影響で、在宅勤務制度を導入する企業が増えています。
在宅勤務の場合、労働時間管理をどうするかが大きな課題としてあります。
原則的な1日8時間、1週40時間の通常の労働時間制の他、どのような労働時間制度が考えられるかを検討してみたいと思います。
在宅勤務導入時の手続き
在宅勤務を導入する場合、下記の手続きが必要となります。
(1) 就業規則の改定
通常勤務と異なる労働条件について検討し、就業規則の変更手続きをします。例えば、通信費などの費用負担、交通費、在宅勤務時の労働時間制度などが考えられます。
(2) 労働条件変更の個別合意
労働条件の変更は個別合意が原則です。
なお、個別合意によらず、就業規則の変更により労働条件を変更する場合は、変更後の就業規則の周知及び変更内容が合理的であることが必要となります。
(3) 労働条件の明示
在宅勤務の場合は、労働条件の明示事項である「就業場所」が自宅となるため、書面(労働条件通知書)により明示する必要があります。
在宅勤務の勤務特性と様々な労働時間制度
在宅勤務の場合でも使用者には労働時間(始業及び終業時刻)を把握する義務があります。労働時間を把握する方法としては、クラウドの勤怠システムやビジネスチャットなどのコミュニケーションツール、電話やメールなどが一般的かと思います。
もっとも、それらの方法は労働者による打刻や報告によってはじめて把握できるのであって、通常勤務に比べて労働時間を把握しにくいという特性があります。場所的に見えないことや自宅では仕事とプライベートの境界があいまいになることもあります。
また、育児や介護など家庭の事情によっては、通常の始業・終業時刻どおりに仕事をすることが難しい状況も考えられます。
では在宅勤務の場合、どのような労働時間制度であれば、会社にとって生産性が向上し、労働者にとって働きやすいものになるでしょうか。通常の労働時間制以外の労働時間制度をその導入率(平成31年就労条件総合調査/厚生労働省)とともに見てみましょう。
(1) フレックスタイム制 5%
(2) 事業場外みなし労働時間制 12.4%
(3) 専門型裁量労働制 2.3%
(4) 企画業務型裁量労働制 0.6%
上記のうち、(3)専門型裁量労働制については、対象業務(19業務)に実質的に従事している場合に限り採用できるもので、必ずしも職種とイコールでないことに注意が必要です(対象業務に付随する業務のみに従事している場合は対象となりません)。対象業務が限られ、長時間労働や残業代未払い等の批判も多いことから、労働基準行政の監督・指導が強化され、そのことが導入のハードルを上げていると考えられます。
また、(4)企画業務型裁量労働制については、労使委員会の設置など専門型裁量労働制よりもさらに採用要件が煩雑で厳しく、導入が依然として進んでいません。
(2)事業場外みなし労働時間制については、適用の可否について裁判で争われるケースが出ており、近年は労働安全衛生法で健康管理のための「労働時間の状況の把握」が義務付けられるなど、クラウドの勤怠システム導入の流れと相まって、「労働時間の算定が困難な場合」という条件を満たすことの矛盾や運用面の難しさを感じます。
なお、在宅勤務について、事業場外みなし労働時間制を適用される要件は下記のとおりです。
① 当該業務が、起居寝食等私生活を営む自宅で行われること。
② 当該情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと。
③ 当該業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われていないこと。
事業場外みなし労働時間制の詳細については、下記の記事もご参照ください。
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みなし労働時間制 (1)事業場外労働に関するみなし労働時間制
今回は、在宅勤務との相性も良く、導入や運用も比較的しやすい(1)フレックスタイム制について見ていきたいと思います。
フレックスタイム制の内容
フレックスタイム制は、3か月以内の一定の期間(清算期間)についてあらかじめ定めた総労働時間の範囲内で、日々の始業及び終業時刻、労働時間の長さを労働者が自由に決めることができる制度です。そのため、在宅勤務との相性も良いと考えます。特に、育児や介護など仕事と生活の調和を図ることに適した柔軟な制度と言えます。
導入時の手順とポイントは下記のとおりです。
(1) 就業規則への規定
始業及び終業の時刻を労働者の決定に委ねる旨を定めます。
(2) 労使協定の締結(清算期間が1か月を超える場合のみ所轄労働基準監督署に届出)
【協定事項】
① 対象となる労働者
② 清算期間
③ 清算期間における総労働時間(所定労働時間)
④ 標準となる1日の労働時間
⑤ コアタイム(必ず勤務しなければいけない時間帯)※任意
⑥ フレキシブルタイム(就業可能時間帯)※任意
(3) 時間外労働のカウントの方法
時間外労働は清算期間における法定労働時間の総枠(※)を超えた時間数となります。そのため、1日8時間、1週40時間を超えても時間外労働とはなりません。また、36協定において「1日」の延長時間について協定する必要はありません。
※31日の月(177.1時間)、30日の月(171.4時間)、29日の月(165.7時間)、28日の月(160時間)
なお、清算期間が1か月を超える場合は、1か月ごとの労働時間が週平均50時間を超えた時点で時間外労働が発生します。
(4) 清算期間における総労働時間と実労働時間に過不足が生じた場合の扱い
① 総労働時間<実労働時間
超過した時間分の賃金精算が必要です。
② 総労働時間>実労働時間
不足時間分を賃金控除、または次の清算期間に繰越します。
(5) 休日労働はフレックスタイム制の枠外
フレックスタイム制は労働日を自分で決められる制度ではないため、休日労働はフレックスタイム制の対象となりません。
なお、法定休日労働は休日労働としてカウントし、法定外休日労働は時間外労働としてカウントします。
(6) 労働時間管理は通常の労働時間制と同様に必要
フレックスタイム制においても会社による労働時間管理(始業及び終業時刻の把握)の義務は免れません。労働者が決定した日々の始業及び終業時刻をタイムカードや勤怠システムを利用して客観的に把握できるようにする必要があります。
なお、やむを得ず自己申告制で労働時間を把握する場合は、下記に沿った運用を行ってください。
① 自己申告を行う労働者や、労働時間を管理する者に対しても自己申告制の適正な運用等ガイドライン(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン)に基づく措置等について、十分な説明を行うこと
② 自己申告により把握した労働時間と、入退場記録やパソコンの使用時間等から把握した在社時間との間に著しい乖離がある場合には実態調査を実施し、所要の労働時間の補正をすること
③ 使用者は労働者が自己申告できる時間数の上限を設ける等適正な自己申告を阻害する措置を設けてはならないこと。さらに36協定の延長することができる時間数を超えて労働しているにもかかわらず、記録上これを守っているようにすることが、労働者等において慣習的に行われていないか確認すること
まとめ
賃金は労働時間の長さによって決められるのが原則です。これを切り離し、賃金と成果を結びつける動きが在宅勤務の導入によって加速していきます。
かけた時間だけ生産性が上がるというのは、モノが売れた時代の高度成長期の働き方です。モノが売れない現代は、サービスの価値が求められる時代です。時間をかければ良いサービスができるわけではありません。さらに、時間のかかっていた定型業務はデジタル化によって効率化され、時短が生産性の向上に寄与しています。もはや労働時間というモノサシで一律に仕事の成果を計ることは実態に合わなくなっているのです。
このような変化に対応していくには従来の管理型ではなく、労働者の自主性を重んじる自律型の働き方にシフトしていく必要性があると考えます。