みなし残業代、未払い残業代問題に潜むもう1つのリスク
みなし残業代を支払うケースは意外と多く、運用次第では、通常の未払い残業よりもリスクが高くなるといえます。
昨年あたりから、このみなし残業(固定残業代とも言います)に関するご相談、賃金の設計に問題ないか確認して欲しいというご相談が増えてきているように感じます。2020年4月1日に民法が改正し、賃金等の消滅時効期間が従来の2年から5年に延長(当面の間は経過措置として3年)したことが大きな要因と考えられ、会社の未払い残業代のリスクに関する関心の高さと言えます。
事業主は「基本給の一部は固定残業代として支払っている」と考え、そのつもりで給与総額を決定し支払っていても、それが雇用契約書に明記(みなし残業に相当する時間数と金額が明確に記載)されていない、賃金台帳にも基本給○○円としか記載がない、就業規則にも残業代に関する算定の根拠の記載がない、となると監督署調査や訴訟で残業代を支払ったと判断されず、再計算した結果の未払い分を支払う必要性が生じます。また、割増賃金の計算の考え方がそもそも誤っていると、やはり割増賃金を支払ったと認めてもらえず(ケースによって一部は支払ったと認められる可能性はありますが)、結果としてみなし残業代を支払っていると判断されず、未払い残業代のリスクが残ります。
未払い残業代の発生リスクを下げるために、割増賃金の計算を適正におこなう、雇用契約書を作成し必要な記載事項を記載する、実態として時間外労働が発生しているのであれば、発生した分の残業代を支払う、その場合にみなし残業代を設定しているのであれば、みなし残業代を超える時間外労働分が発生している場合は超えた分については別途支払う、ただし必要のない時間外労働が発生しないように労働時間を管理し、従業員にも声がけをする、という一連の労務管理を適切におこなうこと(仮に今は全部がおこなえていなくても、1つずつ改善していこうという意識が)、実はハラスメントの防止にも効果的です。
ハラスメント対策に未払い残業代?割増賃金の計算を適正にすることがハラスメントの防止・抑止につながるの?と思われるかもしれませんが、ハラスメント対策は労務管理の一環としておこなうものであり、社内で発生したハラスメントの事案についてのみ対策を講じようとしても、効果は低いといえます。
ハラスメントが起きにくい職場づくりをするにはどうしたらよいのか、と考えるとき、大きく影響してくるのが「事業主の労務コンプライアンスの意識」です。事業主の労務コンプライアンスの意識がもし高ければ、ハラスメント事案が発生したときに、会社として適切な手順で対応し、迅速な解決となる可能性は高くなり、また迅速で適切な対応をしたことで、問題が大きくなる手前で収束させることができるかもしれません。
キーワードは「信頼関係」
もし、事業主が残業代の計算方法については法律や就業規則に沿った計算方法をしておらず、また、従業員が自身の残業をした分の残業代が払われていないととらえていたとしたら、会社に不信感を抱くようになります。不信感を抱いている従業員が、ハラスメントや、ハラスメントとまでは言えないような問題が発生したときに、会社に適切な対応を求めて相談をするでしょうか?
ここで、ハラスメントに関する法改正について少し触れていきたいと思います。
いよいよ企業に対するパワーハラスメントの防止措置義務がスタートします。大企業については2020年6月1日から、中小企業については当面は努力義務となっており、2022年4月1日からの施行が決定しています。
労働施策総合推進法の30条の2に「雇用管理上の措置等」として
第1項
事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
第2項
事業主は、労働者が前項の相談を行ったことまたは事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
第3項
厚生労働大臣は、前二項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針を定めるものとする。
このように規定しています。
企業に対して、労働者からの相談に応じ適切に対応をするように求めています。
また、事業主が講ずべき措置については、指針により定めるということですので、指針も少し確認していきましょう。
指針(パワーハラスメントに関する指針)では、事業主は、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、雇用管理上次の措置を講じなければならないとされています。
こちらは、企業の規模を問わず必ず講じなければならないこととなっています。
指針では以下の措置を挙げておりますが、5以降の4つは望ましい取り組みとなっています。
1 事業主の方針の明確化およびその周知・啓発
具体的にはハラスメント行為が確認された場合には厳正に対処する旨の方針・就業規則への規定化とその周知・啓発などを指します。
2 相談(苦情を含む。)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
相談窓口の設置、社員への周知、相談窓口担当者が適切に対応できるようにすることなどを指します。
3 職場におけるパワーハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応
事実関係を正確に調査し適切に対応することなどを指します。
4 相談者・行為者のプライバシーの保護
相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な対応、パワーハラスメントの相談等に対する不利益取扱いの禁止などを指します。
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ここからは望ましい取り組み
5 さまざまなハラスメントの相談を一元的に受け付ける体制の整備
6 コミュニケーションの活性化・円滑化のための取組
7 事業主が雇用する労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮
8 他の事業主の雇用する労働者からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為についても事業主として方針の明確化や周知・啓発に努めること
事業主には、相談窓口の設置や、相談に適切に対応することが指針でも定められていることが分かります。
社内規定の整備は就業規則にハラスメントの行為者となった場合に懲戒となることなどを規定することなどを指しますし、ハラスメント防止の啓発活動としては、定期的にセミナーを受講する等でハラスメントに関する正しい知識を身に着けることが有効と思われます。
事業主がすべきことはたくさんありますが、「未然の防止対策」が重要であることをハラスメントに関する通達に記載がありますので、こちらも確認しておきましょう。
通達
職場におけるパワーハラスメントは、労働者の個人としての尊厳を不当に傷つけ、能力の有効な発揮を妨げるとともに、企業にとっても職場秩序や業務の遂行を阻害し、社会的評価に影響を与える問題であり、社会的に許されない行為であることは言うまでもない。特に職場におけるパワーハラスメントは、いったん発生すると、被害者に加え行為者も退職に至る場合がある等双方にとって取返しのつかない損失を被ることが多く、被害者にとって、事後に裁判に訴えることは、躊躇せざる得ない面があることを考えると、未然の防止対策が重要である。
こうしたことから、法第30条の2第1項は、職場におけるパワーハラスメントを防止するため、その雇用する労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講ずることを事業主に義務付けることとしたものであること。
まとめ
割増賃金の計算を適切におこなわず、そのままにしている状態は、未払い残業代を請求されるリスクを抱え続けることとなり、残業代が適切に支払われていないと従業員がとらえてしまうと、会社に対する不信感となり、両者の信頼関係に大きな影響を与えます。
パワーハラスメントの防止措置義務がスタートするため、急いで雇用管理上の措置は講じたが、相談窓口に相談はない、ハラスメントのセミナーについても定期的に受講しているが、特段職場の人間関係が改善したとも思えない、というときには、一度ハラスメントから離れた視点で、労務管理上の問題点がないかを考えてみましょう。
次回は、相談窓口の重要性についてお話ししていきたいと思います。
社会保険労務士・ハラスメント防止コンサルタント 田口 温美