管理監督者の役割として、職場において部下のストレスを生じさせるストレス要因としての「職場のストレッサー」を減らし、ストレス反応や健康障害の発生を防ぐための支援があります。
日常的に部下と接することが多い管理監督者が、メンタルヘルスケアでどのような役割を担うかについては、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(以下、「メンタルヘルス指針」という。)が参考になります。
メンタルヘルス指針では、管理監督者による「ラインケア」を促進するため、以下の内容について教育研修、情報提供を行うことが推奨されています。
- メンタルヘルスケアに関する事業場の方針
- 職場でメンタルヘルスケアを行う意義
- ストレス及びメンタルヘルスケアに関する基礎知識
- 管理監督者の役割及び心の健康問題に対する正しい態度
- 職場環境等の評価及び改善の方法
- 労働者からの相談対応(話の聴き方、情報提供及び助言の方法等)
- 心の健康問題により休業した者の職場復帰への支援の方法
- 事業場内産業保健スタッフ等との連携及びこれを通じた事業場外資源との連携の方法
- セルフケアの方法
- 事業場内の相談先及び事業場外資源に関する情報
- 健康情報を含む労働者の個人情報の保護等
今回は、「⑥ 労働者からの相談対応(話の聴き方、情報提供及び助言の方法等)」において、特に重要となる「話の聴き方」について考えてみたいと思います。
コミュニケーションとは
部下からの相談対応で重要なのは、日頃からのコミュニケーションであるということはよく言われていることで、その重要性は理解できるのではないかと思います。
問題はどのようにコミュニケーションを取るかです。
それを考えるにあたって、まずは自分自身が普段どのようにコミュニケーションを取っているのかを振り返ってみましょう。
新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、デジタルツールが急速に普及しました。それに伴い、コミュニケーションの取り方が多様化し、従来とは違った難しさが出てきているように感じます。便利ではありますが、果たしてコミュニケーションは取れているのでしょうか。
広辞苑によれば、コミュニケーションとは「社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達」とされています。
「伝達」とありますが、例えば、連絡や報告事項をメールやデジタルツールを使用して送信することもコミュニケーションといえるでしょうか。
部下に限らず、人との関係性は信頼関係に大きく影響を受けます。
そしてその信頼関係は、双方向の「やりとり」の結果として表れてくるのではないかと思います。
そうであるならば、伝えて役目を終えるような一方向の伝達は、その量を増やしたとしてもコミュニケーションが取れているとは言えません。
コミュニケーションを取るためにその量を増やすことが注目されがちですが、その内容(質)にも注意を向ける必要があります。
コミュニケーションは「能力」か
コミュニケーションについて考えるうえで、「コミュニケーション能力」についても触れておきたいと思います。
求人募集で求めるスキルや人事評価制度の評価項目などで、よく「コミュニケーション能力」という言葉を目にします。
コミュニケーションを「能力」とみた場合、能力が高いとか低いというのはどうやって測ることができるでしょうか。
「能力」とみた場合、それはその人が持っている「もの」とみられ、個人に帰属します。例えば、発表会などで行うスピーチ(独白)など、いわゆる「話すことが上手い」のは、その人の「能力」といえるかもしれません。
しかし、人との会話は独白ではありません。コミュニケーションの成否は、相手との関係性に依存します。
コミュニケーション能力が高ければ(話すことが上手ければ)、どんな状況であっても、誰とであってもコミュニケーションが取れるかといえば、実際はそんなに単純ではありません。
東村(2021)は、コミュニケーション能力について、「他者といかにコミュニケーションをとるかということは、果たして個人が獲得・所有する能力なのだろうか。」と問いかけ、ロボット研究者の岡田美智男を引用して説明しています。
「われわれは自分の発話でさえ、自分の中で完結することができない。たとえば私の「おはよう」という言葉は、他者の「おはよう」という返答に支えられてはじめて「あいさつ」という意味を持つことができる。相手が自分の発話の意味を支えてくれるかどうか、あらかじめわかっているわけではないが、それでもわれわれはとにかく言葉を発し、いったん自分の発話の意味の達成を他者に委ねる。」
東村(2021)はさらに、「コミュニケーションが難しい、コミュニケーション能力が低いとされる子どもの「困難」や「能力の低さ」もまた、他者との関係の中で生まれているものであり、他者との関係次第では、コミュニケーションの難しさが消失することもありうる。」とし、「コミュニケーションをどちらか一方に帰属させるのではなく、「あいだ」に立ち現れる関係であると考えるならば、ある人の「コミュニケーション能力の問題」は、その人を取り巻く他者との関係の中でそのようにあらわれているということになる。」と述べています。
これらの考察の助けを借りて、私の考えをまとめてみたいと思います。
コミュニケーションを取らない、つまり、相手に反応しないこと(無視すること、他者に会話に参加する余地を与えないこと)は、相手を孤立させ、世間の一般的な常識で相手をみることにつながるのではないかと思います。
例えば、子どもと買い物に行き、おもちゃ売り場で子どもが床に寝ころがって駄々をこねている場合、その子どもの行動に対してどう反応するか(反応しないか)で、子どもの捉え方が違ってきます。
うるさいからと無視したり、怒って無理やりその場を収めようとした場合、子どもは「聞き分けのない子」や「落ち着きのない子」として扱われてしまいます。あるいはその程度によっては、「発達障害なのではないか」という疑念を抱かせるかもしれません。
一方、子どもの声(希望)に耳を傾けてみると、子どもの問題(性格や能力)としてではなく、親子の関係性の表れとして捉えることができるかもしれません。子どもの行動がコミュニケーションによって救済されることで、子どもを一方的に問題視しないで話し合うことを可能にするのではないかと思います。
これを職場において考えてみると、「パフォーマンスが悪い」「ミスばかりする」という部下がいた場合、それを本人の能力だけの問題ではなく、上司との関係性の中で立ち現れている現象と捉えてみると、部下とのコミュニケーションのあり方が見えてくるのではないでしょうか。
では、どのようにコミュニケーションを取ったらいいのかという最初の疑問に戻ります。
それを考えるうえで欠かせないのが、「聴く」ということです。
「聴く」とは何か
「聴く」(listen)とは「耳を傾ける」と言われます。
相手に尋ねる「訊く」(ask)や耳から音として入ってくる「聞く」(hear)とよく対比されます。
「傾聴」とも言われますが、特に明確な定義があるわけではありません。
ひとつの参考として下記URLをご覧ください。
厚生労働省:こころの耳「部下の話を聴けていますか -傾聴のすすめ-」
https://kokoro.mhlw.go.jp/linecare_listen/
「傾聴」や傾聴で重要とされている「受容」「共感(共感的理解)」についての説明も抜粋します。
傾聴
「相手の語ることに注力して聴いて理解しようとすること」
「「関心を持って聴こう」という姿勢を持つこと」
(中央労働災害防止協会「事業場内メンタルヘルス推進担当者必携」)
「相談の内容を正確に把握するためには、相談を受ける側の先入観は横において、可能な限り中立性を保つということ」
「相談を受けているときには、自分の価値観や人生観といったものからできるだけ自由であること」
「相談者に安易に批判や忠告をするのでもなく、かといって簡単に分かった気になってもいけない」
(大阪商工会議所「メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト
〔第5版〕 Ⅰ種 マスターコース」 (中央経済社))
受容
「労働者の言葉に対して評価や判断を加えずに、そのままで受け取ろうとすること」
(大阪商工会議所「メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔第5版〕 Ⅰ種 マスターコース」 (中央経済社))
共感(共感的理解)
「共感では、客観的な視点を保持することが大切」
「自分を常に意識して客観視し、相手と自分がそれぞれどのような気持ちを抱いているのか、相手との間でどのような感情の交流が起きているのかを客観的にみる」
(中央労働災害防止協会「事業場内メンタルヘルス推進担当者必携」)
「労働者の私的な世界を、あたかも自分自身のものであるかのように感じとること」
(大阪商工会議所「メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔第5版〕 Ⅰ種 マスターコース」 (中央経済社))
皆さんにはしっくりくる説明はあったでしょうか。
理屈は分かっていても実際にやってみようとすると難しいのではないかと思います。
どれが正解ということはありませんが、私の場合は、「中立性を保つ」「自分の価値観や人生観といったものからできるだけ自由である」「客観的な視点を保持する」「労働者の私的な世界を、あたかも自分自身のものであるかのように感じとること」が、自分の中でイメージしにくく、どうもしっくりこないと感じています。
自分の価値観や人生観から自由で、中立性や客観性を保つというのは、まるで人間味のないロボットのようで、聴く側が社会や文化の影響をなんら受けていないような存在としてイメージさせられます。
自分の価値観や人生観から自由であるとはどのような状態のことでしょうか。
中立性や客観性とはどのように保つことができるのでしょうか。
どのようにして相手の私的な世界を自分自身のものであるかのように感じることができるのでしょうか。
私には国重浩一さんの説明がしっくりくるので、ここで紹介させていただきます。
国重(2021)では、傾聴を「相手の言葉を受け取るということ」として下記のように説明しています。
話をきちんと聴いたということがどのようにして伝わるのかといえば、「相手の言葉そのもの」を返すことによってである。そのことと、「理解する」ということの間には違いがある。相手の話を「受け取った」「聴いた」ということと、「理解した」ということは必ずしも一致しない。(中略)ところが、たとえ理解していなくても、少なくとも相手の言葉は「聴ける」し「受け取れる」、そして、受け取ったと相手に伝えることはできる。
さらに、傾聴の姿勢について下記のようにあります。
簡単に理解してしまわない姿勢、しかしできるだけその程度や様相に接近しようとする姿勢は、相手に、「寄り添ってもらっている」という感覚を生じさせる可能性を高める。
傾聴は単なる技法ではないということがわかります。
中立的ということについては、「単に「あたりまえの考え方」を受容するということは、「その人」を受容しているのではなく、その人にそう思わせている「常識」を受容することになる可能性があるのだ。それでは、中立的な立ち位置と言えるはずもない。」として、「どのような価値観にも与しないような中立的な立ち位置はないということがわかる。私たちが言葉を発するたびに、その表現には常に文化的な含みが入り込んでしまうからである。」と述べています。
「何を聴き、何を聴かないかということは、聴き手の意図、信条、価値観に大きく影響を受けている。(中略)中立的なところを目指すのではなく、自分の立っている位置に気づきながら、相手と対話すること」が、傾聴において意識すべき大切なことではないかと思います。
また、共感については、「相手が何を感じ、どのような意味を見出しているのかを、聴き手である私たちがしっかり感じとることである」とし、話し手が出来事に対して、どのような意味を見出しているのかを相手に尋ねてみることなしに、共感するとはいえないとあります。
「自分の価値観や人生観から自由である」とは、思い込みで聴くのではなく、自分が聴いたことを相手に確認しながら、相手の体験していることを中心にして、「教えてもらう」姿勢によって実現できるものなのかもしれません。
私たちは「分からないこと」をいつまでも抱えていることを快く思わないため、すぐに答えを出したくなる衝動に駆られます。
一方で、私たちは「簡単には分かってもらいたくない」という気持ちがあるのではないでしょうか。他者に簡単に「分かった」と思われたり、言われた場合、その悩みはその程度のこととして扱われたように(大切にされていないように)感じるのではないかと思います。
管理監督者が部下からの相談に応じる際は、カウンセラーのような傾聴を身につけることまでは求められません。
まずは、相手の言葉を「受け取った」ことを相手に伝えることからはじめてみてはいかがでしょうか。
それが「共に感じる」という共感を生むのだと思います。
最後に
私たちは、同じ言葉を使ってもその感じ方や受け取り方は人それぞれです。そしてやっかいなことに、言葉の意味は状況によって変化します。
辞書的な意味や自分自身の経験に重ね合わせて解釈するのではなく、まさに「その人が経験していること」を、「いま、ここで」聴き取ることです。
職場での勤怠状況やパフォーマンスなどの事例性を客観的情報として確認しながらも、目の前の部下の主観的情報(その人が経験している個別性)に意識を向けて関わることを、部下からの相談対応では大切にしたいものです。
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【引用・参考文献】
厚生労働省「職場における心の健康づくり ~労働者の心の健康の保持増進のための指針~」
中央労働災害防止協会「事業場内メンタルヘルス推進担当者必携」大阪商工会議所「メンタルヘルス・マネジメント検定試験公式テキスト〔第5版〕 Ⅰ種 マスターコース」 (中央経済社)
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国重浩一(2021)「もう一度カウンセリング入門」(日本評論社)
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